無神経な人
実家に帰ると、毎回必ず会っていた以前の職場の先輩がいました。

彼女は今年の5月に出産したばかりだったので、今回は多分会えないだろうからあえてこっちから連絡はしないでおこうと思っていました。

でも、むこうから連絡があったんです。
しかも私の手術の日のちょうど開始時間に・・・

なんと間が悪い。

手術が終了し、病院を出る前にそのメールに気がつきました。

なるべく早く返事しなきゃって思ったけれど「今回会えない」ということをどのように伝えようか迷いました。

変にそういう勘の働く人だったから、ヘタに「体調が悪いから」って書くと「妊娠した?」と来るだろうって思い、考えに考えた末、「病気がみつかって安静にしなくてはいけないから」と返事を出しました。
それだったら何の疑問も持たれないと思ったからです。
ところが。
彼女から返って来たメールには「病気じゃなくて妊娠してるんじゃないの!?」というもの。
それに対する返事はしませんでしたが、流産の手術をした直後の私にはつらいつらい内容でした。

こっちの事情を知らないので悪気はないのでしょうが、「病気」と言っているのだから心で思ってもそんなメール送らないで欲しかった。

思ったことはすぐ口にする・・・というか、ちょっと人の気持ちを感じ取れない所のある人だから、そういうひと。と割り切って、今は少し距離を置きたいと思っています・・・

自分もこんなふうに誰かを傷つけていないことを願うのみ。

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あの時の気持ち
大分気持ちが落ち着いているので、流産した時の状況や気持ちを書いてみようと思います。

お世話になったクリニックに5週目で診察へ行った後、6週目で地元の病院へ行き心拍が確認されたので、これでひとまず安心と思い、私の祖父母と旦那の父親に妊娠報告をしました。

しかしその2週間後の8週目での検診で、赤ちゃんの心拍が見えなくなっていました。

エコーを見つめていた素人の私にも心拍は見えず、医師も何度も何度も角度を変え、時間をかけて診ていたので、この時点で「ヤバい」ということは解りました。

医師は申し訳なさそうに「心臓が止まっちゃってるね~」と言い、「流産」という言葉は使いませんでした。
もう一人の医師にも診察してもらい、「形はものすごくキレイなんだけど、2~3日前で成長が止まってしまっているみたいですね」と言われました。

人工授精でやっと授かった子供だということや、私の気持ちを考慮してのことだと思いますが、遠回しに「もう少し待ちたいなら2~3日後にまた診ますよ」と言ってきました。
私は「え?まだ生きてるかもしれないってことですか?」と聞いたけど、そうではなく、心の準備期間っていう意味だったみたいです。

「雅子さんも同じだったんだよ」「雅子さんは1ヶ月そのままにしてたんだよ」などと余計なことも言っていたけど、「放置していたら腐ってくるし、出血と一緒に出て来たりしてびっくりすると思うよ」と、これまた遠回しに早期の手術を勧めて来ました。

結局翌日に手術を受けることをその場で決めました。

翌日は朝1番で病院へ行き、再度心拍停止の確認をし、処置を受け、全身麻酔をかけ、手術、となりました。
手術は5分ほどで終わったようです。

手術後、となりのベッドに出入りする家族の声で目が覚めました。
覚めては眠り、覚めては眠り、何度か繰り返しました。
ようやく自分でナースコールが出来る状態になった時、付き添ってくれていた母を呼んでもらいました。
その後も何度も寝て起きてを繰り返し、まだ半分意識の無い状態で体を起こしましたが、今度は吐き気をもよおし、何度も何度も吐きました。
吐いた、といっても前日の夕飯以降何も食べていなかったので、出るものは涙のみ。
最後の方で緑の胃液を吐くまでオエオエやっていました。
ホント、苦しかったなぁ・・・

結局家に帰れたのは手術から3~4時間後だったと思います。
家に帰ってからは夕飯までひたすら眠っていました。

病院でバカでかいナプキンをつけてくれていたけれど、私の場合そんなに出血もなく、3日ほどで止まりました。
昔のイメージだと、手探りで子宮の中を掻き出したのかな~と思っていたのですが、後で聞くと吸引式だったので出血もそんなに多くないとのことでした。

妊娠してから、これといったつわりはなかったように思います。
ただ、お腹がすいたときに気持ち悪くなるので常に何か食べていたことと、車に酔い易くなっていたことくらい。
あとは胸が張ってちょっと触れただけで痛かったし、朝、胸が痛くて起きてたくらいかな・・・

空腹時の気持ち悪さは手術してすぐ。胸の張りは術後1週間くらいで元に戻りました。


色々調べていたので、稽留流産は赤ちゃん側の原因で起こるもので、私が何かしたからorしなかったから、ってことは無い。とは解ってはいたけど、でもやっぱり「あれがいけなかったのかな?」などとあれこれ自分の行動を振り返ってしまいました。
過去に妊娠したと報告があった友人知人を妬み、心のどこかで「だめになればいいのに」って思っていた自分の思いが跳ね返ってきたのかな。とかね。

私の周りにも流産をした人が何人かいます。
手術を伴わない流産だった人もいたからそのへんはよく解らないけれど、結構軽く話していた人もいたから、こんなに大変なことだなんて思ってもみませんでした。

一部の親戚には知られてしまったけれど、私は今回のこと、友達などに話すつもりは全くありません。

もしかしたらいつか無事に子供を産んで、時が経ったら話す時がくるかもしれないけれど・・・

人工授精でお世話になったクリニックにも連絡し、生理が2回来たらまたがんばりましょうと返事をもらいました。

次の生理がいつくるか解らないのは不安だけど、また地道に基礎体温つけて前向きに頑張ります。


稽留流産にかかった費用:血液検査、手術代、薬代¥16,040-
稽留流産
久しぶりの更新になります。

前回の日記を書いた後、実家に帰省し、のんびりすぎるくらいの毎日を送っていました。

結果をタイトルで先に書いてしまいましたが、8週後半の検診で、一度は確認されていた心拍が止まってしまっており、成長も止まっているようだということで「稽留流産」との診断が下されました。

これは母体に痛みや出血などの自覚症状が全くなく、検診でお腹の中の胎児が亡くなっていることが確認される流産です。

なんとなくだけど、もしかしたらそんなこともあるかも。って思っていたので、医師にそう告げられた時は案外冷静だったのだけど、時間が経つにつれてやっぱり悲しみが襲ってきました。

稽留流産診断後の処置は、全身麻酔をかけ、子宮内に留まっている赤ちゃんを取り出す手術をしました。
まぁこれは望まない妊娠をした場合の中絶手術とほぼ同じ内容だと思います。
痛みは全然なかったけど、麻酔から覚めた後の気持ち悪さと立てないくらいのフラフラ状態は今思い出しても辛かったです。

やっと授かった赤ちゃんがいなくなってしまったことに対する悲しみももちろん大きかったけれど、今回のことで、両親をはじめとした周りの家族の愛情を改めて感じることができました。
もしかしたら私本人よりも悲しんでいたかもしれない両親に対して冷たく当たってしまったり、心配もたくさんかけてしまいました。
色んな意味でたくさんたくさん泣きました。

親元を離れている時に起こっていたら、かなり大変なことになっていたと思う。
旦那一人じゃ多分世話しきれなかったんじゃないかと思うから・・・

悲しい出来事ではあったけど色々得るものが多かった夏でした。
でもなにより自分も妊娠出来ることが解ったってだけで私は嬉しい。
前向きに次へ向けて頑張ろう。気持ちはもう切り替わっています。

本当はタイムリーにこの日記も更新したかったのだけど、実家ではネット環境が整っていなかったので残念ながら出来ませんでした。
あの時だからこそ書けた文章もたくさんあったと思う。

でもしばらくは子作りもお休みしなきゃいけないし、書きたいことはたくさんあるのでこれから少しずつ振り返ってみたいと思います。

プロフィール

いちご

Author:いちご
アラフォー主婦

不妊治療で子供を2人授かりました。
それまでの記録と子育て。
怒りっぽく、ケンカになるとモラハラ発言連発の旦那へのグチ(毒)を吐いています。
(現在は都合によりコメント欄閉鎖中です)


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